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2008年1月

2008/01/31

ロードレース

やっと駒場の授業も終わり、
いよいよ二ヶ月間以上の
ロードレースに入る。

この二ヶ月間は自分のやりたいことに
時間をたっぷり割くことができる。

いやぁ、なんという開放感と、
それにストップをかける責任感。

ムダにはできない貴重な時間。

しっかりとプライオリティーを決めて、
一日一日を有意味なものにしよう。

なぜだか分からないが、
こんなに充実した長期休暇を
過ごせそうな予感がするのは始めてだ。

やらなくっちゃいけないことも、
やりたいことも、たくさんあるが、
不思議とそれが重圧でない。

むしろ、ワクワク感が体中に迸る。

偶有性の海で精一杯泳ぎ、
そして、辛辣をなめつつも、
そこに確かな果実を見出そう。

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2008/01/30

流されぬように

ゾクゾクっとするような、
途轍もなく寒い日が続く。

本当に今年の東京は寒い。

今日くらいは、
ぐんぐんと気温が上がってもらわなくては困る。

やがて春になれば、
旧来の古い角質は一掃され、
極寒の冬に寂静と芽を育んだものが台頭する。

その時に自分自身も
一緒に一掃されないように、
こんな寒い日常の中でも
凛とした芯をしっかりと抱き続けていたい。

しばらく寝起きには、
Bank Bandの『沿志奏逢2』を聴いていたが、
今朝はモーツァルトの『魔笛』を聴いている。

やっぱり魔笛は大好きだ。

明るく、愉快でかつ、
終盤につれて徐々に勇壮になっていく
「あの感じ」に何度聴いても
心が震え上がるんだなぁ。

J-POPも良いが、Classicも良い。
どちらか一方という二項対立ではなく、
両者の共存関係によって、
魂は浄化され、燃え上がり、
現実から一瞬解き放たれる。

そして。

本日が駒場での最後の授業。
ラストは量子化学。

量子化学の山内教授は、
人間的にとっても魅力のある素晴らしい先生。
こんな人の下で、研究できればいいですな。

二月中は、三月のテストに向けて、
気合を入れて勉強せねばならない。

春になって流されぬように。

沿志奏逢2

Bank Band 「沿志奏逢2」

コバタケさん ブログ

モーツァルト:歌劇「魔笛」ハイライト

モーツァルト 「魔笛」ハイライト カラヤン指揮

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2008/01/28

朝のお掃除

カーテンを開けていると、
窓から部屋の中に
朝日がさんさんと降りそそぐ。

今日はしっかり晴れてくれそうな予感。

今年度の授業もようやくあと三日。
爽やかにシャキッと行こうじゃないの。

朝。

どうやって一日を始めるのが
最もクリエイティブだろうかと
考えた結論が出つつある。

いろいろと試してみたが、
やっぱり「シャワー」と「掃除」で始めるのが一番いい。

窓ガラスの水滴をふき取り、
床を掃き、風呂を掃除し、
朝食を取った後に洗い物をする。

寝ぼけていても、
毎日同じことの繰り返しだから大丈夫。
スイスイと掃除を進めていくうちに
体が徐々に通常モードになっていき、
ようやく目覚めとなる。

そして、さらに。

「心のお掃除」としてブログを更新する。
前日の一日を清算し、
精神をリフレッシュする。

掃除をするということは、
未来に対して空白を作るということに
直結するかもしれない。

悶々とした精神では
外からの情報をフル活用できないし、
汚い散らかった部屋では
読書も勉強もはかどらない。

一日のスタートを
「空白を自ら作り出す」ことで始めれば、
もっと爽やかに、
そして、
もっと闊達に生活していられるんだ。

この辺の生活の知恵については、
最近売れている新書で
以下の二冊が非常に示唆に富むんじゃないかなぁ。

築山節さんという
脳神経外科の専門医の方の著作。
とっても読みやすい。
参考までに。

脳が冴える15の習慣―記憶・集中・思考力を高める (生活人新書)

フリーズする脳―思考が止まる、言葉に詰まる (生活人新書)

Img_1208_3

@yayoi

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2008/01/27

「あざらー」への旅

怒涛のように時間は流れ、
ハードな土曜日が過ぎていった。

昼から22時過ぎまで
ズーッと塾バイト。

さすがに毎週土曜日だけは
へにょへにょになる。
部屋で一人で黙々と勉強しているときとは、
また違った時間の流れなんだなぁ。

精神は過敏になり、
口は徐々に滑らかになってく。

その場で問題を解き、
解説をし、生徒の弱点を見つける。

次から次へとやるべきことが訪れ、
あれよあれよという間に時間が流れる
あの途轍もないフロー状態が
なんだか心地よくもある。

残された時間の中で
生徒が最高のパフォーマンスをできるように
精一杯手伝えればいい。
本当に残すところあとすこし。

本気で対峙するからこそ、
そこに味わうべき甘い果実が育まれる。
お気楽に斜めに構えてちゃ~ダメなんだよ。
泥臭いほどの「全力投球」と「直向さ」こそが美しい。

そして。

深夜から三田で
久々に友と飲み会。

かつて三田に居た頃を思い出し、
しみじみと朝まで
ペチャクチャ、時にはウトウト。

飲み会の締めくくりは、
みんなで恒例の「あざらー」(麻布ラーメン)。

真夜中にワイワイ、ワラワラと
三田を闊歩して「あざらー」まで旅をする
あの感じが、とっても好きなんだなぁ。

早朝の山手線で弥生まで帰ってくると、
就寝するころには
カーテンの下からほんのり朝日が滲み込む。

うん。
やっぱり友と共有できる時間は貴重だよ。
疲れは吹っ飛び、
また来るべきイベントを
愉しむ余裕と覚悟が生まれる。

Img_1203

あざらー。慶應大学三田キャンパス前。

Img_1207

塩ラーメン(中央)とグローブ(左上)のCollaboration.

Img_1200

Nakamura's Jump @mitani

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2008/01/25

美術論 最終講義

寒い日が続き、
ちょっとばかし体調が優れなかったが、
なんとか通常モードに治った。

今年度の木曜日授業も昨日でラスト。
つまんない無機化学、分析化学もようやく終了。

そして。

三浦先生の「美術論」も最終講義。

やはり、締めくくりは
マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)。
20世紀に最も影響力のあった芸術家の一人を軸に、
今日の「美術」の可能性と存在理由を考える。

配布された資料には、
デュシャンの説明にたった一行、

「我々を束縛する既成の発想やものを否定、嘲弄、「美術、芸術という制度」を問い直す」

とある。

古典的ないわゆる「美しい」絵画作品(西洋伝統絵画)が
芸術のメインストリームから外れた今日にあって、
人間にとってアートの持つ根源的な意味とは何か。

現実認識や社会批判としての
アートがあるというのは正しいだろう。

また、何か擬似宗教としての
アートがあるというのも正しいだろう。

だがしかし本当にそれだけだろうか。

デュシャンという人は、
おそらく「芸術」というものに
最も真剣に対峙した人であることには違いない。

21世紀の「アート」は
一体どこへ行こうとしているのか。

「美」というものが
相対であると言ってしまえばそれまでの話だが、
コマーシャルとハイアートの境界が
ますます曖昧になる中で、
時間という試練によって淘汰され、
万人がなにかしらの価値を見出す作品とは
いかなる基準を満たした作品なんだろうね…

うーむ分からん…。

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Marcel Duchamp 『Fountaine』

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2008/01/23

はるまついぶき

♪~降り積もる雪に覆われた

   春待つ息吹のように

   かすかでも光に向かう強さを抱きしめ~♪

             from Bank Band's 『はるまついぶき』

Harumatsuibuki

朝。窓を開ければ、
そこは一面銀世界。

ってな大袈裟なことはないけど、
東京は朝から珍しく、
けっこうな量の雪が降っている。

思い立って、
Bank Bandの「はるまついぶき」を聴きながら、
傘も差さず本郷キャンパス内を
テクテクお散歩してみると、
なんだか風情があった。

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安田講堂から正門に向かって。

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三四郎池。しかし足元が滑るじゃないか。
のんきに写真なんて撮ってる場合じゃない。

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書籍部前。バスの運転も大変だね。

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はるまついぶきの雪化粧。

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2008/01/22

ラプラスの悪魔

毎日とっても寒い日が続く
酷寒のみぎり。

月日は坦々と過ぎ、
ふと気付けば、いつの間にか、
今この一瞬にここにある。

限りない他の可能性を捨て、現在がある。

言いつくされたことかもしれないけど、
「選ぶ」ということは
命賭けの跳躍でもある。

コーヒーを飲むということは、
紅茶を飲まないということと等価ではない。

東大に入学するということは、
京大に入学しないということと等価ではない。

Aさんと時間を共有するということは、
Bさんと時間を共有しないということと等価ではない。

起こりうる他のあらゆる可能性を捨て、
その一瞬をそのイベントに賭けてるんだ。

でも、
命賭けなんて大袈裟なことを言っても、
幸か不幸か、
選択するのに与えられた時間なんて皆無に等しい。

何をすべきか選択をしているうちにも、
無情に時間は流れ、
また次の一瞬に追いやられ、
また次のポイントにある。

誰もその時々刻々の選択の正解は知らず、
ただ悠久の時のなかで、
無数の選択をし、
それ以外の無数の可能性を
抹殺しながら平然としている。

「今」という特別な時間と
次の一瞬未来への能動的な「選択」という跳躍の内側に、
もし悪魔が潜んでいれば…。

量子力学なんて間違っていて、
ホントは僕たちは
「ラプラスの悪魔(Laplace's demon)」の手の中に
あるのではないかと思うときがある。

なんだか恐ろしいことを考えてしまったなぁ…w

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2008/01/21

脳と環境

ともすれば、
僕らは脳を神秘化しすぎているかもしれない。

いや、脳のポテンシャルが
計り知れないのは当然のことなんだろうけど、
そのポテンシャルを神秘化しすぎているために、

かえって脳というのが神経回路の集合体に過ぎなくって、
環境からの入力や過去の記憶の埋蔵がなければ、
何の役目も果たせないということを、
うっかり見落としがちではないだろうか。

非常に難解な問題だろうけど、
おそらく全くの「無」から「有」は生まれない。

はじめから天才や秀才に
生まれてくる人なんておそらくいない。

天才や秀才とは、
ある環境のもとで非常にうまく育まれた人なのだろう。

環境からの入力が勝負とすれば、
いかに良質の環境のもとで
自分自身を育むかとういうことが
脳にとって最も切実な問題だ。

環境が変われば人は変わる。
いや、むしろ「変われる」と言ったほうが、
よりポジティブか。

よいパフォーマンスをしようと思えば、
よい環境に身を置くことも大切なのだろう。

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2008/01/20

センター試験

よく眠った。
そして体力もバッチリ回復した。

これで今週もアクセルを
グイッと力強く踏み込んで、
回転数を上げながら、一週間を愉しめる。

そして。

受験界もいよいよ最終局面。
中学受験までは残すところ約10日。
引き続いて、私立の高校受験、大学受験があり、
さらに続いて、
国立大学の二次試験と都立高校の一般入試。

それぞれが、それぞれの関門を一つずつ突破し、
また一皮剥けて成長するだろう。

そしてまさに今頃、
大学受験生たちは、
尋常でない緊張感のもとで
センター試験に臨んでいるところだろう。

与えられた環境で最善を尽くすしかない
ということは十二分に分かってはいるが、
毎年のようにセンター試験のようなものが
本当に必要なのかという疑問に駆られる。

受験生にとっては、
一年間の成果を存分に発揮する大切な試験が、
なぜマーク式の色塗り問題で有り得るのだろうか。

全くナンセンス極まりない。
はっきり言って茶番以外の何物でもない。

大学入試センターに問い正せば、
実務上の都合とかなんとか勝手な文句を並べるだろうが、
それならそもそも
あんな試験はやらなけりゃいい。
税金と受験料の節約に直結する。

教育ということを本気で考えたことがあるのか。
制度がそうなっているのだから
仕方がないと言ってしまえば、そこで戦闘終了だが、
あくまでも理想と現実の狭間でもがき続ける存在でありたい。

したり顔で現実に妥協してしまうよりも、
常に理想を追い求めて、
一歩でもそこに近づきたい。

たまには毒を吐きたくなるんだなぁw

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2008/01/19

ap bank fes'07 Live DVD

厳しい寒さが続くが、
今日はいいお天気だ。

二、三日狂ったような生活が
続いていたので、すっごい疲れていたけど、
そんなの関係ねーとばかりに
昨晩は尾道で買った芋焼酎に大活躍してもらった。

呑みながら、届いたばかりの
「ap fes」のLive DVDを観賞。

『ap bank fes'07』 (Bank Band with great artist)

ap bank fes’07

毎年思うが、このapのLive DVDは
一つの作品として非常に完成度が高い。

アーティストのパフォーマンスが
群を抜いているのは言うに及ばないが、
何より、観客を含めた本来は「脇役」となるべき
人達にもスポットライトが当たっているのがイイ。

三日間予定されていたフェスが
台風の影響で一日だけの開催となり、
多くの人達が辛い思いをしたことだろう。

チケットを手に入れたのに
参加できなかった人。

三日目の開催に向けて雨の中、
徹夜で舞台を組み立てた人。

ずーっと開催を信じて
つま恋のキャンプ場で泊まっていた人。

公にはスポットライトが当たらない人にも、
それぞれに固有の切実な思いがあって、
あのフェスが成り立ってるんだよね。

そして圧巻は、やはり
Mr.Childrenの演奏した「I'll be」だろうか。

観る者は、そこに
桜井和寿の「魂の叫び」を観ることだろう。

発狂したかのような桜井のパフォーマンスは、
音楽とか芸術とか
そんな陳腐な言葉を超えたところにある、
人間の存在原理の深みに迫る
何かがあるように感じる。

理屈や論理じゃない。
ただそこに、言語化できない
「何か」があるんだ。

やっぱりミスチル桜井は
あぁでなくっちゃいけない。

いつもこういうものに触れてしまったときに
思い出す文芸評論家の小林秀雄の言葉がある。

「優れた芸術作品は、必ず言うに言われぬ或るものを表現していて、これに対しては学問上の言語も、実生活上の言葉も為すところを知らず、僕等は止むなく口を噤むのであるが、一方、この沈黙は空虚ではなく感動に充ちているから、何かを語ろうとする衝動を抑え難く、而も、口を開けばうそになるという意識を眠らせてはならぬ。そういう沈黙を創り出すには大手腕を要し、そういう沈黙に堪えるには作品に対する痛切な愛情を必要とする。美というものは、現実にある一つの抗し難い力であって、妙な言い方をする様だが、普通一般に考えられているよりも実は遥かに美しくもなく愉快でもないものである。」(小林秀雄著 モオツァルト)

モオツァルト・無常という事 (新潮文庫)

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2008/01/17

オペラ 魔笛

今日も東京は寒い。

自分の芯をしっかりと持っていないと、
この寒さに精神も肉体も
やられてしまいそうだ。

寝不足がなんだかんだと
言ってるようじゃダメだ。
しかしなんだか眠い。

さてさて。昨日。

人生初のオペラ観賞に行ってきた。

演目はモーツァルトが
生涯の最後に完成させた『魔笛』。

いやぁ~。素晴らしかった。
なんて迫力なんだろう。

「夜の女王のアリア」なんて、
もはやこの世の声とは思えないようなくらいで…
筆舌に尽くしがたい。

パミーナやパパゲーノのアリアもよかったし、
オーケストラの重奏な演奏にも深く感動した。

そしてそして、
チケットの値段も学生券なので
5000円という驚くべき安さ。

まぁ三階や四階の席だろうと
覚悟して会場でチケットを交換すると、
なんと一階のA席(16000円)なんだなぁ。

素晴らしい計らいじゃないか。
どんなにお金のない人でも
芸術には手が届くような世の中であるべきだ。

ウィーンのコンサートなんかだと、
それこそどんなに貧しい人でも、
そういったものに手が届くような
幅広い価格設定になってるって話じゃないか。

音楽を愛する人が、
なんの躊躇もなく、愛する音楽にソッと
浸っていられるような社会こそが
本当に美しいんじゃないかなぁ。

感動をどうもありがとう!!!

Magico

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2008/01/15

Bank Band 『沿志奏逢2』

Bank Band New Album 『沿志奏逢2』

沿志奏逢2

待ちに待った
Bank Bandのアルバムがようやく到着。

前回のアルバム同様、
アルバムの外観や歌詞カードはホントにシンプル。

薄っすらと楽譜が写るピンクのジャケットは紙製。
歌詞カードには、歌詞とクレジットと
櫻井さん、小林さんのメッセージ以外の
余計な批評めいたものは一切ない。

言葉なき暗黙のメッセージに、
彼らの自信、
そしてミュージシャンとしての覚悟が感じられる。

コンポの前にかじりついて聴くこと小一時間………。

うん。素晴らしいよw
珠玉の芸術だよ。

個人的には前作『沿志奏逢』より、
こっちの方がイイ。

環境やエコ、あるいは強烈な社会への風刺といった
重苦しいテーマを扱った前作とは
全く趣きの異なる作品。

前回の作品ももちろん良かった。
でも、前回の作品は少なくとも
四六時中聴いていられる作品ではなかった。

メッセージが重過ぎるんだ。
肩に力が入りすぎてるんだ。

すっごく嬉しいことや辛いことがあった夜には聴けても、
爽やかな早朝に聴きたい作品では決してなかった。

そういった点でも、
今回の作品は
実に秀逸といえるんじゃないかなぁ。

櫻井さんの歌い方も妙に力が抜けていて、
メッセージ性というよりは、原曲に忠実に
「音」を大切にしたってかんじなのがすっごい好印象。

穿った見方をする人はたくさんいるだろうけど、
彼らのやろうとしていることは、
きっと正しい。

もっと多くの人に
彼らの活動を理解してほしい。

もっと多くの人に
彼らの奏でる曲を聴いてほしい。

そして、
彼らに対する賞賛の意味も込めて
作品を購入してほしい。

心からそんな風に思える
掛け値なしに素晴らしい作品だ。

ap bank

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2008/01/14

大相撲 朝青龍

普段、ほとんどテレビは見ないが、
昨日の夕方は食い入るように観てしまった。

国技館にあの人が帰ってきた。
もはや「帰ってきた」という言葉に
何の違和感もない。

やはり、あの人には
国技館にどっしりと居座って
もらわなくっては困る。

やはり、あの人はすごい。
テレビ解説の親方もしきりに言っておられたが、
あの人だけはテレビで見ていても
全身に漂うオーラが違う。
まさに、「横綱」である。

そう。朝青龍だよ。

朝青龍の問題は、
社会において「規格外」と見なされた人間と、
どう向き合うかという
非常にシリアスな問題に直結しそうだ。

朝青龍にもさまざまな問題があるだろう。
態度が悪いとか、品格がないとか、
相撲協会や他の力士との癒着とかって類の問題である。

日本の国技たる
相撲の美学や伝統があるのは分かる。
守るべきものは、
理屈抜きで守らなければならない。

しかし、その一方で、
あの横綱の魅力がどこにあるのか
ということを真剣に考えてみると、
それは既存の枠から溢れんばかりのエネルギーであり、
他を寄せ付けない荒々しさであり、
絶対的な強さである。

品格や伝統を云々する人の
気持ちも十分理解できるが、
相撲の利益、もっといえば国益という大局で
ものごとを認識したとき、
朝青龍のような「規格外」であってこそ
他を引き付ける魅力を持つ人間を、
もっと社会の側が温かく見守っていくべきではないだろうか。

昨日、国技館には満員御礼の垂れ幕がかかり、
多くの相撲ファンがテレビで
「規格外」としての朝青龍に食い入ったはずだ。

若い力士は間近で見る
朝青龍の取り組みに刺激を受けるだろう。

あるいは、テレビで朝青龍を見て、
未来の大横綱になろうと決心する
日本やモンゴルの子供がいるかもしれない。

それが国益というものだろう。

力士を100人、1000人集めて、
死ぬほど稽古をしたからといって、
朝青龍のような大横綱が
今後現れる保証なんてない。
むしろ可能性としては低い。

伝統や品格、あるいは日本人ということに
過剰に固執するあまり、
本来備わっている生命や文化の持つ
柔軟性を見失ってはいないか。

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2008/01/13

厳寒のみぎり

朝起きると、
部屋の中が恐ろしく寒い…。

と言うか、布団から出られない。

春を待ち冬眠している動物のように、
布団の中で小さくなりつつ、
起きようか起きまいか
必死に葛藤すること10分。

さぁ布団から出ようと決意して、
バッと布団を押しのけ、
全身にスイッチを入れ
一気に気分を高める。

いや、高めようと努力する。
しかしやっぱり寒い。
体にスイッチが入らない。

まさに厳寒のみぎりかな。

昨日。
新年初の塾バイト。

少々ブランクがあったので
不安だったけど、
なんとか乗り切ることができた。

小学生には中学受験の過去問を解かせ、
中学生には一次関数やら平面図形やらを教え、
高校生には微分積分を教える。
なんだか、このギャップはなんなんだろう。

夜、家に帰って
有機化学を勉強しようとするが、
なんだかぐったりしてしまって、
結局勉強できなかった。

解析力学のテストやら
有機化学のテストやらで、
なにかと疲労が溜まっていたのだろう。

でも今日はしっかり
眠ることができたので、
なんとか体力も回復。

今日、明日でしっかり時間を確保し、
遅れているところを
ばっちりキャッチアップしよう。

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マリンライナーの車窓から眺める瀬戸内海の美。

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2008/01/12

茂木健一郎 ロマン・ロラン 音楽

東京は初雪が降るかもしれないらしい…

毎年、どうしてこうも
センター試験にぴ~ったり
合わせたかのように雪が降り出すのだろう。

世間の人はお気楽に雪を鑑賞できても、
人生における一種の通過儀礼を
控えた受験生たちにとって、
当日の天候や気温は
タダ事では済まされない重要な問題だ。

文脈や気持ちが変われば、
見えてくる外界の姿は大きく変わる。

センター試験を一週間前に控えた二年前の今日、
僕はどんな気持ちで戦っていたか。
想像してみると、なんだか恐ろしい…。

話が変わって。

『すべては音楽から生まれる』(茂木健一郎著、PHP新書)を、

『ベートーヴェンの生涯』(ロマン・ロラン著、岩波文庫)

と付きあわせて読んでみると非常におもしろい。

歓喜は、苦悩や暗黒と共にある。
いや、むしろその先に
想像すべき光かもしれない。

絶頂に達するような
歓喜の曲のもとには、
それを支える血みどろの暗黒が広がっている。

不遇の生涯を通じて
ベートーヴェンは歓喜を歌おうとしていた。

「僕の芸術は貧しい人々に最もよく役立たねばならない」
とはベートーヴェンの言葉である。

そして、茂木さんの本の中で
最もおもしろいのが、
第三章「音楽と創造力」だろう。

「彼(モーツァルト)の音楽というのは、その<生>の深みに潜む暗黒を突き抜けたところに誕生した光であり、明快さなのである。」

くしくも、モーツァルトは
ベートーヴェンが生涯
最も愛した作曲家の一人である。

不安や迷いと無二の親友になれれば良い。
暗黒を全てを引き受け、
それでも人の生に「Yes」といえる
力強さと快活さを身につければ良い。

茂木さんの言葉を借りれば、
「暗黒とは、人間の本質そのものであろう」。

そして、暗黒こそが人間の本質であるとすれば、
現代というモノカルチャー主義の
社会はいかに住み難く、
そして人間の本質を汲み取っていないことか。

アートとは人間の存在原理の
本質そのものを行くものであり、
一種の「救い」である。

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ベートーヴェンの生涯 (岩波文庫)

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2008/01/11

ブリヂストン美術館 黒田清輝

金曜日は有機化学の小テストのおかげで、毎週寝不足。

まずは起床と同時にシャワーに向い、体中の細胞たちを呼び起こす。そして、なにかしらCDをかけつつ一気に気分を高め、朝食をとり、身支度をし、出かける。朝にブログを更新できないのが一番ツライ。

昨日。

三浦先生の美術論の講義は、いよいよ第三部『受容・枠組み』へ。

19世紀半ば、絵画を取り巻く環境は、フランスを中心として、従来の「アカデミックシステム」から「画商・批評家システム」へと次第に移行していく。

今日では美術の王様といえるような地位を築いた「印象派」も、当時は思いつく限りの非難と侮蔑の評価を受けていた。二つの対立する陣営の絵画をじっくり堪能しながら、変わりつつある時代の流れを追っていった。

まさに揺れ動く時代の極値点において、いわば「規格外」と見なされた前衛画家たちは、どのような気持ちで「リアリズム」の運動を進め、頑なに旧来の伝統的絵画の手法を拒絶していったのか。

往々にして、新しいもの、とりわけ一つの時代を左右するような革新的なイベントは、同時代的には、非難と侮蔑にさらされる運命にあるようだ。

変わりつつある時代を積極的に愉しみ、そして生き抜くためには、自分とは対極にあるかのような「何か」を絶えず意識している必要があるかもしれない。

取り立てて賞賛するでもなく、批判するでもなく、何か自分の心に引っ掛かるものをじっと凝視していくことは、きっとムダではない。

講義のあと、駒場からの帰りに、「ブリヂストン美術館」に立ち寄る。

ブリヂストン美術館は確か、昨年の夏休み以来か。

ちょうど「コレクション展」が開催されており、美術館所蔵の珠玉のコレクションをじっくりと堪能することができた。

驚いたのが、黒田清輝の作品。

どうせ日本の油彩画なんて、西洋の後追いでしかないだろうと、浅薄な固定観念しか持ち合わせていなかった自分が大いに情けなかった。

今回陳列されていた作品は、

『ブレハの少女』、『杣』の二点。

二作品とも掛け値なしに素晴らしい作品。西洋の後追いなんかでは断じてない。むしろ日本人が、西洋を内側に取り込み、発展させたという感が存分にある。

マネやルノワールについて、うんちゃかふんちゃか言う前に、黒田の作品を真剣に観たほうがよい。

ついでに…

こちらは国立博物館所蔵。おそらく黒田の最も有名な作品(?)

黒田清輝 『読書』(1892年)

東京国立博物館所蔵

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2008/01/10

ふらっと立ち寄れば  ロラン

今日も朝からイイお天気。

窓際でボーっと立っていると、今日も一日シャキッと乗り切れそうな気がした。

毎週水曜日は昼から授業がなく、友人と昼食を済ませた後、ふらっと生協の書籍部に立ち寄ってしまう。

そして書籍部をウロウロしていると、必ず何かしら読んでみたい本に遭遇し、突発的に買ってしまうことがある。

新年一発目の衝動買い。素晴らしい一冊に出会うことができた。

『ベートーヴェンの生涯』(ロマン・ロラン著、岩波文庫)

ベートーヴェンの生涯 (岩波文庫)

ロマン・ロランはかの有名な大河小説『ジャン・クリストフ』でノーベル文学賞も受賞しているフランスの作家。

Imagin.幼少時代から不遇の境遇にありながら、その魂の開放を音楽に一心に委ねて生きてきた人間にとって、重度の難聴という病に侵されつつ生きるということが、いかに苦しいことであったか。

自殺をも考えた人間が、再び作曲活動に精を出し、新しい芸術の方向に向かっていくその力強さの根源的な源とは一体何か。

全ての音楽を愛する人間にとって必読の書であると断言して過言ではないだろう。是非御一読を。

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岡山倉敷 美観地区

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2008/01/08

こんぴらさん 書院の美

大学の授業が始まった。

新年一発目の解析力学の試験もなんとか突破。

150分間集中して黙々と問題に取り組む。終わったあとにはちょっとした充実感とともに、ヘニョヘニョ感がおそってくる。

アクセル全力で個物と対峙したときにこそ、その本質が垣間見れる。程よい緊張関係の下に、全力でその人に寄り添ったときにこそ、その人に固有の光る原石が発見できる。

斜めに構えずに、しっかりと見据える。そして何物かが現れるそのときをジッと待つ。

帰省の際に、金刀比羅宮(通称こんぴらさん)で行われている「書院の美」展に行って、「そっかぁ。ここはいつもとは違うんだ。」ということを直感的に感じさせられた。

概して、西洋絵画はその作品そのものが独立して成立している。良くも悪くも「自己完結」というのが一つの重要なキーワードである。

しかし日本画にはそのような自己完結の気配が極めて希薄である。

山水の間の『瀑布古松図』に描かれている滝と川は、部屋の外に流れている実際の池に流れ込むように描かれている。

岸岱の描いた『群蝶図』は、あたかも奥書院の一室に無数の蝶の群れが訪れたかのような空間を造りだし、一種幻想的でさえある。

そこに自己完結はない。自己完結していない作品は輸出できない。東京藝大で展覧会をやっても、パリで展覧会をやっても、その作品があるべき場所にあるときにしか感じられない「何か」は到底感じられやしない。

「こんぴらさん」のあの長い石段を自分の足で一段ずつあがり、讃岐弁を耳にし、遥か望む琴平の町を全身で感じないと、金刀比羅宮に固有の魅力には迫れないのではないだろうか。

あるべき個物が、あるべき場所にあるという大切さを噛みしめる。

でも、ついでに言っておけば、若冲の『花丸図』には固有の文脈を超えた、凄まじいまでの百花爛漫たる美しさが確かにあるように思う。まさに圧巻。

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金刀比羅宮は、通称「こんぴらさん」の名で親しまれている香川県仲多度郡琴平町にある神社で、全国にある金刀比羅神社の総本山。海の守護神とされており、御本殿のさらに奥にある奥社まで続く1368段の石段が非常に有名(ちなみに御本殿までは785段)。

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金刀比羅宮 書院の美

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微笑ましき光景

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振り返れば…

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2008/01/07

通常業務の再開

久々にすっきり早起き。

カーテンを開け、射し込む日のぬくもりを背中に感じ、黙々と机に向かっていると、いよいよまた通常業務が始まるんだという頼もしい感覚が胸にしっかりと宿ってくる。

教養課程も残すところ、あと一ヶ月のみ。

三浦先生の「美術論」の講義が今から待ち遠しい。人生の中で、今後二度と「美術論」の講義を聴くことはないかもしれない。日々の生活に埋もれていると、どうしても、身の回りで起こる大小さまざまなイベントの「一回性」に対峙する魂が弛緩してしまう。

身の回りで起こる事象の「一回性」という切実さがひしひしと感じられる。

出会いの宝庫であるということは、断絶の宝庫であるということと同義である。

大原美術館で観た、フォートリエの描いた「人質」という作品に心を動かされた。

あるイベントについて、自分が何を感じ、何を受けとり、どう向き合うかということは、そんなにお気楽なことではありゃしない。

切実さを引き受ける覚悟とともに、その中で精一杯自分のできる限りのことをやり尽くせればいい。

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倉敷 大原美術館 本館

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2008/01/06

窓を開け放ってみると

一月ってこんなに暖かい天気だったっけなぁ。

東京は朝からグングンと気温が上がっているようで、絶好の洗濯日和。

朝から窓を開け放って、洗濯をし、部屋の掃除をし、部屋に鬱積したものを外に放り出してしまえば実にフレッシュな気分。

そして、いよいよ明日からまた大学の授業が始まる。一発目から、解析力学のテストという暴挙。弥生に帰ってきてからズーッと引きこもって、お勉強が続く。

解析力学は、Newton力学を数学的に発展させた形式で、最小作用の原理(principle of the least action)から導かれる形式。…と教科書的に定義したり、計算したりするのはむしろ簡単。

でも、「なぜ」このような世界観、一種の哲学、が我々の世界とこれほどまで合致しているのか、ということを一旦考えるはじめると、多くの人間にとってはもはや狂気の沙汰。訳がわからない。全く質の違う非常に難解な哲学上の問題になってしまう。

では、そのような哲学上の問題とされることは考えるべきではないのだろうか。それはそれとして、とりあえずサイエンスの範疇でできることのみをひたすら追求していくべきだろうか。

違う。

真になすべきことは、一見すると、引けそうにないところに、大胆かつ丁寧に補助線を引くことのはず。機会は十分にあるのに殻に閉じこもり、他を非難し、異質なものを拒絶する人は往々にしてつまらない。

過去の文脈を引きずりつつも、窓を開け放ち、空気を入れかえ、過去を発展させてみると、思いもかけない果実があったりする。

決して長くはなかった冬休みだったけど、故郷で充実した日々を過ごすことができた。讃岐の日常は美しく、そして愉快。

次回の帰省のときには必ず、直島に行こう。

そう心に決めて、また解析力学のお勉強が再開する。

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Takamatsu station with hennaikimono.

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2008/01/04

尾道の旅

    2007年12月28日  尾道の旅 

尾道市は、岡山市と広島市のちょうど中間地点に位置し、瀬戸内海に面しているため古くから海運で栄えた魅力的な街。

朝起きると、年末の尾道は雨。

せっかく来たのに残念…なーんてことはなく、あくまでもポジティブな旅人は、この偶有性を心から愉しむべく、早春の風のように颯爽とホテルをチェックアウトする。

午前中は古寺巡りコースを丹念に歩く。

実際に自分の足で歩いてみると、尾道が「坂の街」と呼ばれる所以がよく分かる。

北側は山、南側は即海というロケーションのために、山肌に住宅やお寺が密集、混在している。東京、下北沢のごちゃごちゃ感とはひと味もふた味も違った味わいのある街。

なんてことのない尾道市民の日常の生活空間が、訪れる人にとって魅力あふれる空間となり、日本を代表する観光スポットになっているという事実に、ポストモダン的な観光産業が真剣に考えるべきエッセンスが詰まっているんじゃないかなぁ。

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昼。古寺巡りも一休みして、腹ごしらえ。

「朱華園」という、地元でもそこそこ有名な(?)ラーメン屋さんで、尾道ラーメンと餃子をいただく。古寺巡りコースはほとんど人がいなかったのに、ここだけはけっこうな人の入りよう。平打ちの麺のあの歯ごたえは、讃岐うどんを食べ慣れている讃岐人にとっては、妙に親近感がある。餃子もvery good。

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ガシッと腹ごしらえをしたところで、再び旅の再開。

まずは、小津の「東京物語」のワンシーンでも使われている、浄土寺。

山門を入ると、正面にすぐに本堂があり、右横に阿弥陀堂と多宝塔が並ぶ。

「本堂」と「多宝塔」はなんとなんと「国宝」!!!何も知らなかった…

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浄土寺本堂(National treasure)

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浄土寺多宝塔(National treasure)

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浄土寺山門から尾道水道を眺望する excellent shot!!!

浄土寺を散策した後は、いよいよロープーウェイに乗って、千光寺公園まで。31人乗りの箱には、僕とガイドのオネーさんの二人w 備え付けのマイクを使う必要もさらさらなく、気さくな感じでしばし漫談タイム。桜の季節はさすがに混むんだってさ。頂上までは、ほんの数分。ゆっくりと上っていく箱から広がる尾道の光景は実に美しい。尾道に来てホントに良かった思える最高の瞬間。

千光寺公園は尾道の観光ガイドブックなどには必ずトップに載ってある、尾道のトレードマーク的スポット。千光寺公園からは、尾道市内、尾道水道、向島が眺望できる。

公園内には尾道市立美術館もあり、なんだか外観がどこかで見たことあるような造りだと思いきや、設計者が「安藤忠雄」だとか。表参道ヒルズに似てたんだね。

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尾道の箱。登りは箱、降りは徒歩って人が多いんだって。

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尾道市立美術館 安藤忠雄設計 

尾道に縁のある作家さんの作品が多い。尾道がいかに多くの人に愛されてきた街かがよく分かる。

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千光寺公園から「文学のこみち」をテクテク歩いて下山したところで、ちょうど雨も強くなってきたので、住吉神社などがある海岸沿いを足早に歩き、商店街を通りぬけ、JR尾道駅にたどり着く。

山陽本線とマリンライナーで故郷へ。

尾道の皆さん本当にどうもありがとう!!!すっごい素敵な街でした。次回は桜の季節に伺います。

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2008/01/03

里帰り

急遽予定を変更してちょっぴり早く戻ってきた。

先程、岡山を経由して、故郷の讃岐から東京に戻る。

直島に行くという最大の目標は二日酔いで達成できず、やむなく岡山は倉敷にある「大原美術館」を訪問して、岡山空港から羽田までグーンとヒトッ飛び。

大原美術館は予想以上に魅力あふれる美術館だった。

詳細については、まとめて明日以降にアップしよう。

里帰りをしている間、しばらくブログの更新ができなかった。

ほぼ毎日ブログをつけるのが習慣だったので、落ち着いた環境のもとで、書きたくって書きたくってしょうがなかった。禁断症状だろうか…。

今日はもう寝る。

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