« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »

2007年11月

2007/11/26

あぁ忙しい 「お引越し」

三連休は本当にイイ天気だった。

昨日は、朝から引越しのために部屋の片付けをずーっとやって、ようやく7割ほど完了。あとは細々としたものをダンボールに収納するのみとなった。

がらーんとした抜け殻のような生活感のない部屋をそーっと眺めていると、なんだか妙に寂しい気分になる。

ここで生活してきた全ての時間がなんとも懐かしく、また愛おしく感じられる。

人は本当に大切なものが失われようとする間際になって、ようやくその存在の刹那に気付かされる性質の生き物のようだ。話を広げれば、環境問題だって、突然の死別だってそうだ。失われる間際になって、自分にとってのその存在の切実さに気付かされる。

大切なことは、長い年月の中にあって、日々のなんとない一つ一つの局面に固有の果実をしっかりと味わいつつ、噛みしめつつ、遠い遠い自分の目標なり理想なりに対して歩みを堅実に進めていくということのようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/11/24

都響 コンサート ワーグナー

ゆく秋の寂しさ身にしみるころ。

池袋で都響のコンサート。

東京芸術劇場に出向くのはこれが始めて。山手線の池袋駅西口を出てすぐのところ。

春に小澤のコンサートを観る前に、オペラの空気にどっぷり浸っておき、耳と心のセンサーを最大限高めておくことが大切かと。

しばしば本質というのは、時間をかけてじっくり対峙していれば、思いもかけないときに我々の目の前にフッと表出してくるもの。感動や愛というのは、確固たる「技術」という基礎のもとにこそ成立するもの。

確固たる基盤をもとに、芸術のもつ根源的な深みに迫ろうではないか。

さてさて。

東京芸術劇場シリーズ「作曲家の肖像」 

Vol.66   ワーグナー

・楽劇「トリスタンとイゾルデ」より

<前奏曲と愛の死>

・女声のための5つの詩「ヴェーゼンドング歌曲集」

・楽劇「神々の黄昏」より

<夜明けとジークフリートのラインの旅>

<ジークフリートの死と葬送音楽>

<ブリュンヒルデの自己犠牲と終曲>

3079_l

スバラシイ演奏であった。いままでCDでしか聴いたことがなかったけど、CDよりも繊細でやわらかい演奏であったように思う。やっぱり日本人の演奏だからかねぇ。それに、やはりこういうしっかりとしたコンサートホールで聴くと、音の寿命が延びたかのような独特の広がりを体全体で感じることができる。

どの演奏も短時間の演奏だったので集中して聴き入ることができた。

しかも価格も超良心的。

学生は通常料金の半額でB席1900円なり。これなら貧乏学生でも、気軽に足を運べます。もっともっと音楽の深みに達したい。さらなる研鑽は続く。

Img_0760

コンサートホール前の広場。「チャリティーよさこい」らしい。

Img_0764_2

ホールに上がるエスカレーター途中。なんだか変な立方体が無数飛来!?

Img_0766

しかしこんなに長いエスカレーターを見るのは羽田空港以来かな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/11/23

補助線

今日はなんだか妙に目覚めがイイ。

昨夜は久しぶりの晩酌。

芋焼酎のロックを質素なツマミといただく。

寒い夜の至福のひと時。自分の内面に沈潜していき、自己反省を繰り返すあの時間の大切さ。だんだんと体がホッカホッカしてきて、そのうちにゆーっくり寝てしまいそうになる、あの感じ。もうたまんないね。この酒好きは一体誰に似てしまったんだろうw

さぁて。

駒場祭に合わせてしっかり厳しい寒さが到来したようだ。

今年はもうさすがに駒場祭に行く気はしないね。二年目だし。

しかし、一体何人の東大生が駒場祭に行って、何人の慶應生が三田祭に行ってるんだろう。僕と同じように、興味もないです、なんて輩もけっこう多いはず。他の大学の学祭に行くのは、けっこうたくさん発見があって楽しいけど、自分の大学の学祭には正直興味が湧かないね。

こんな時こそ、自分の志向性にしっかり寄り添って、心の内側にいろんな補助線を引いていこう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/11/22

フェルメール展 @国立新美術館

水曜日は授業が午前の一コマのみ。

三浦篤先生の講義「美術論」のレポート課題を仕上げるために、チャリンコをすっ飛ばして国立新美術館に行ってきた。麻布十番から六本木までの坂道がイイ運動になる。

『フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展』

Index_img001

公式homepage

まずは行く前に公式ホームページで混雑状況をチェック。

平日の16時以降であれば、比較的ゆっくり鑑賞できるとのことなので、16時過ぎに行ってみる。入口を入ると、コーヒーの匂いが心地よく体全身を包み込む。

いかにもヒマそうなオバちゃん連中がちょうど鑑賞後のコーヒーを一杯すする時間帯のようで、カフェは比較的混雑。

でも肝心の展覧会は空いていて、フェルメールのMilkmaidを除けば、作品一つ一つをゆったりまったり丁寧に鑑賞することができた。

今回のこの展覧会はフェルメールの「The Milkmaid」ばかりがメディアでも展覧会でも強調されているので、この作品のような「簡素でかつ、どこか優美で彩り鮮やかな」作品が並んでいると予想していたら思わず面食らってしまった。

むしろ作品全体のなかで、このMilkmaidだけが少し浮いている印象を受けた。

多くの風俗画に表現されているのは、限りなく影の部分に重きを置いた「光と影」の美しいまでの融合によって表現された市民の日常、そして人の性をあっさり嘲り笑うかのような第三者的な眼差しであった。

とくに僕が気に入ったのが次の二点。

Adriaan Meulemans(アドリアーン・ムーレマンス)

『ランプの明りに照らされた台所』

Photo

Michiel Versteegh(ミヒール・フェルステーフ)

『台所の女』

Photo_2

とにかくこの二点は美しかった。すばらしい作品だった。ちょうど隣に並んでいたので、30分ほど二枚の絵だけを観ていたら、とってもあったかい気分になった。

使用人として夜の台所で働く女性。当時、まだ電気が普及していない時代に蝋燭一本の頼りない明かりだけを暗闇で灯し賢明に働く姿は、彼女たちの心を反映しているかのようで、なんだかグッと心に迫るものがある。しかしそこに心の暗さ、悩みはない。暗い暖色には、むしろ何かとてつもなく大きなものを引き受けたかのような潔さと明るさが感じられもする。

本当に美しかった。

今から展覧会に行く方は、Milkmaidに加えて、この二作品をよく鑑賞すべきです。

美術館からの帰り道。言いようのない暖かさと充実感を噛みしめつつ、肌寒い風を切りながら六本木から麻布十番までの下り坂を全速力でチャリンコを飛ばしてみた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/11/20

ちょっとした充実感

昨日はホントに寒かった。

あんなに寒いとは思わなかったので、薄着で大学に行ったらこれが大失敗。

体の芯がブルルっと一瞬震えるような感じがしたのでこれはマズイと思ったけど、なんとか今日は大丈夫。駅から家までの帰り道は、とてつもなく寒かったのでiPodで小澤征爾指揮のアルバムを大音量で聴きつつ家路に着いた。

小澤征爾&ウィーン・フィル ニューイヤー・コンサート 2002 完全収録盤

やっと大学の講義も自分の勉強も軌道に乗ってきた感がある。

いよいよ両輪がかみ合い始めた。おもしろくなってきた。勉強していて爽やかな充実感がある。

といっても、元来僕は授業のサボり魔なので、どの授業もまだキャッチアップできていない。消化しきれていない。今週末は大学が学園祭で休みだから、この間にしっかり授業にキャッチアップしておこう。

一方、自分の勉強はと言うと、今ちょうど『量子進化』と『ニューロサイエンス入門』を読んでいる途中。どちらもとってもおもしろい本。今の自分の実力相応の本を選択できた。いずれここにも、読後の感想をアップしよう。

今年も残すところあと少し。この今の充実感を最大限来年につなげられるように、もっともっと自分の回転数を上げつつ、クリエイティブに日々生活していこう。

さてさて。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/11/19

三四郎池

朝夕一際冷え込むころ。

来年度からキャンパスが駒場から本郷に変わる。

週末は新しい下宿探しに、本郷周辺をてくてく歩き回る。

なんとなく立ち寄った本郷キャンパス内にある三四郎池が、秋の紅葉も手伝って掛け値なしに実に美しく感じられた。

しかし三四郎池に以前からカモなんていただろうか。何度か行っているが見た覚えがない。居心地の悪い不忍池から渡来してきたのだろうか。

早ければ今月の末には引っ越す予定。今月はなんだか忙しくなりそうである。

慣れしたんだ今の土地に居れるのも、あとすこし。なんだか妙に寂しいね。

Img_0729

Img_0731

Img_0733

東大本郷キャンパス内。三四郎池。夏目漱石の小説『三四郎』で有名ですな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/11/16

2007 NHK紅白歌合戦 Mr.Children 続

木々は色づき、冬の気配も近づく昨今。

紅白歌合戦の司会者が発表になりましたね。

紅白歌合戦の出演者発表がもうすぐだろうということで、多くの方に前回の10月12日の記事を訪れてもらっているようなので、続編を書こうかと。

以下ミスチルファンの勝手な妄想であることをまず断っておきましょう。

さてさて。

まず、今夜22時から、NHK総合で放送の『プレミアム10  恋うた2007』という番組にMr.Childrenが出演します。

なんだか怪しくないかなぁ。一年に二度もNHKの番組に出演とは…。しかも出演者発表間近というこの時期に…。あやしい。

そもそもNHKの番組にミスチルが出演するのが5年ぶりであり、5年前と言えば桜井さんが小脳梗塞でダウンした年。なんだかなぁ。出演しちゃいそうな気がするんだよな。

さらにさらに。

今夜のNHKの番組の出演者をみてみると…

大塚愛、コブクロ、徳永英明、ボア、松任谷由実、Mr.Children、レミオロメン

らしいですよ。なんだか紅白に出そうな出演者ばかりじゃないか…。ますますあやしい。

ユーミンは一昨年上海から出演しているし、徳永英明もアルバムの売れ行きがイイみたいだから今年も出演するでしょう。

さらに、ミスチルと所属事務所が同じで、紅白出演経験のないレミオロメンも大晦日はなぜか予定があいているという不可思議さ。考えすぎか…。いや、アヤシイ。

ツルべさんも予想外だったし、出演者にMr.Childrenくらいの想定外があってもいいでしょう!!

ミスチルファンの勝手な妄想が現実になる日も近いことを願いましょうwww

Key_b

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/11/15

Mr.Children HOME TOUR DVD

東京は三日連続の晴天。

明日からは寒くなるみたいだから、今日のうちに小春日和を存分に堪能しておこう。

でも、なんだか空気が異様に乾燥しているようで、昨夜から声がほとんど出なくなってしまった…。ガラガラ声でしゃべるのが精一杯でとてもツライ。

アマゾンで注文していたミスチルの「HOME TOUR 2007」のDVDがようやく届く。

21qnrjhwfl__aa192__2

心が熱く震え上がるようなスバラシイ作品である。

勉強もしなくちゃいけないし風邪気味なので、まだゆっくり時間をかけて鑑賞できていないけど、メンバーと会場が一体となって創り上げた演奏という感じが随所に出ていて、思わず観ながらニンマリとしてしまうw

あとはiPodに落として、通学の時間に電車の中で少しずつ観ることにしましょ。

ぼかぁ常々ミスチルはアルバムで聴くよりも、DVDでライブを観たほうが絶対イイと思っている。最初の一曲目から観客をグイグイと引き込んでいき、過去の名曲も混ぜながら終盤まで観客の期待を裏切らない演奏にはただただ脱帽。

ぼかぁホントに桜井和寿という人間が、Mr.Childenというバンドが同時代の日本にいてくれて救われたと思っている。

漠然と自分の未来が不安になったときに彼らの音楽を聴いていると、理屈抜きで自信が戻ってきて、体全身がほんのり温かくなり、また「やったろう」という気分になる。彼らがいてホントによかった。彼らと同じ時代を生きれてホントによかった。

スタジアムツアーのDVDも買わなくっちゃねぇ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/11/14

仕事、遊び、沈黙

爽やかな秋晴れ。

怖いくらい晴れている。雲ひとつない。

火曜日は大学の授業がない。

時間がたっぷりあったので、シュレディンガー方程式を解いて、調和振動子(harmonic oscillator)のエネルギー準位を延々と丁寧に計算し求めると、なんとも感動的であった。シュレディンガーの築き上げた量子化学という分野の底知れない深みを感じることができた。自然界は必ずしも連続ではないという現実に触れることができた。

普段は何気なく見過ごしているものも、その根本原理から考えると、時に思いもよらない発見をすることがある。

現代人はとにかく忙しい。明らかに山手線で見かけるサラリーマンは心身ともに疲弊しまくっている。

しかし、だからこそ、時には強引にでも沈黙の時間を持つことがクリエイティブに生きる秘訣だろう。一人だけの沈黙の時間をつくり、何気なく見過ごしている身の回りの環境全てにフォーカスをあて、思考を深めていくという作業は誰にとっても有益なはずだ。

アインシュタインがかつて成功の秘訣を問われたときに、「仕事と遊び、そしてさらに沈黙」と答えたという。超天才物理学者も我々凡人も脳の構造は基本的に変わらない。

成功したければ、仕事を遊びにしてしまいなさい。遊びを仕事にしなさい。そして時には沈黙を守って大局を見つめなさい。なーんてことをいいたいのかね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/11/12

キャッチボールをしてみると

朝起きるとなんだか喉が痛い。

明らかに風邪の初期症状。周りではすっごい風邪が流行ってるみたいだから気をつけなくっちゃね。手洗い。うがい。

天気は悪かったが、久々に外でキャッチボールをしてみた。ほんのりポカポカしてきた身体にスーッと冷たい爽快な風が触れ心地よかった。

そういえば都会ではキャッチボールをする親子を見かけることがほとんどない。

ぼかぁ小学校低学年くらいのころ、よく父親や兄と近所の公園でキャッチボールをしていた。セミの鳴く夏休みの暑い日に、近所の公園でへとへとになるまで遊んだあと、毎度毎度父親が買ってくれるキンキンに冷えた缶ジュースがとってもおいしかった。なぜか、その缶ジュースの断片の記憶だけが僕の頭には深く鮮明に刻み込まれている。

記憶というのは不思議な産物である。

事象的には等価なさまざまな外界のイベントが、脳の記憶においては明らかに等価ではない。あるイベントが突出した過去として編集されるのに対して、また別のイベントはなかったことのようにどこかに葬りさられていく。

そしてさらに、その過去の記憶の配列によって、今現在知覚しているものの重要度が勝手に頭の中で生成されていく。脳の神経細胞のネットワークを完全に解析し曖昧模糊とした記憶の配列順位を全て呼び覚ましたとき、我々の価値観は全て他人に理解されるような形で提示することができるだろうか。

他人という鏡がなければ自分を既定できないように、過去の記憶の配列がなければ、おそらく現在は規定できない。

過去の記憶順列と現在の外界認識の相互連関によって、なんとか今を生きながらえているようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/11/11

切実さに寄り添って

舗道に落ち葉が散る頃。

ようやく雨も止み、窓を開けていると小鳥の鳴き声が聞こえてくる。

土曜日はとにかく忙しい。朝は自分の勉強と塾バイトの予習を若干。昼から塾バイトに行き、くたくたでヘニョヘニョになって家に戻るのがだいたい22時。そこから、もう一度自分をリフレッシュして、また机に向かう。

朝から晩まで、一日中勉強しっぱなし。妥協はない。容赦はしない。

まあこういう日が一日くらいあった方がいいかと。だらだらと一週間を過ごしてしまうよりも、一日くらいは自分の回転数をグイっと上げて過ごしていた方がより生産的に生きていられそう。

塾バイトはホントに大変である。得られる金銭的対価の何倍も働き、そして自分が成長しているという感覚がある。バイトだからといって、ただ適当に教えていればイイというものではないし、自分の責任の重さを考えると生徒に対して軽はずみな言動はできない。毎週土曜は、極限まで神経が磨り減る思いだ。

各々の生徒には、その生徒固有の切実な人生がある。本来教えるということは、そのような人生の切実さに寄り添って、生徒を人間的に大きくしていく営みであるはずだ。

他人から見てどんなに不幸な人生であっても、その人の人生にはその人なりの人生の愉しみと幸福と切実さがある。どんな欠点や劣等感も、自分のなかでプラスのエネルギーに変えることは絶対に可能だ。

人生の喜びというものが相対であるとすれば、受験での合格、不合格はイコール幸せ、不幸せではない。今の格差社会云々、勝ち組、負け組云々なんて風潮はどこか狂っている。誰より誰が偉いとか、誰がたくさん儲けたかとか、そんなくだらない人生ゲームを延々とやっている人を結局のところ僕は信用できない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/11/10

早稲田界隈 茂木講演 

昨日から雨が降り続く東京。今日は気温も上がりそうもない。

休日の朝から雨だとなんとなく調子が乗らないけど、こんなときこそ内なる魂を燃やし自己研鑽に励もう。所詮、雨たって猛烈な雨にさらされるわけでもないし、生命の危険をひしひしと感じてじっと耐え忍ばなければならないわけでもない。

早稲田の大隈講堂で創立125周年のイベント。茂木健一郎が講演するということで聴講してきた。

山手線で高田馬場まで行く。お金を節約するために、そこから地下鉄かバスに乗るところを、早稲田通りを大隈講堂までひたすら歩く。

早稲田界隈は、東京の下町風景を数多く残している貴重な土地。学生が通うような古本屋や飲み屋や雀荘が大学周辺に点在している。ぼかぁあの慶應とは一味違った早稲田の校風が大好きである。あの何とも言えない泥臭さというか、ざっくばらんさこそが早稲田という大学の一番の魅力であると思っている。

早稲田の構内を歩いていて、ここでかつて理工学部を受験したことを思い出した。あの時、早稲田に行っていたら人生はどうなっていたろう、これからの人生はどうなるだろう。夕暮れの肌寒い構内を歩いていたら、いろんな思いが走馬灯のように頭を駆け巡っていった。

さてさて、茂木健一郎講演。

演題は「生命の複雑さに科学はどう挑むのか?」である。

生命の多様性、複雑性というのは何百年もの間、サイエンスだけでなく人文の領域でも活発に議論、研究されてきた。分子生物学や脳科学は20世紀以降、爆発的な勢いでその領域を拡大し、生命の謎を解明しようと試みてきた。

しかしながら、こと「生命の本質」が結局のところ何であるのかという最も単純な問いに対しては、百年前と今とで持ち合わせている解答を比較したところで、さほど大差があるわけではない。数々のヒューマノイドロボット(Humanoid Robot)は到底人間とは認識できないところにあるし、ゼロから細胞一個作ることさえ人類は未だに成功していない。

茂木も言っていたように、コントロールできないところにこそ生命の本質はある、という工学的スタンスが最も現実味があるように思える。

では、サイエンスは生命の本質にいかに向き合うのか。諦めはサイエンスのスタンスではない。そこに謎があれば、如何なる手段を使ってでもその謎を解明しにかかるのが基本的なサイエンスのスタンスである。

茂木もこの点に関しては大変、頭を悩ましているようだった。でもそりゃあ当然である。シュレディンガーもジャック・モノーも生命の本質については頭を悩ました。最高峰の叡智を持ち合わせた偉人たちが頭を持ち寄っても、生命の本質に関して明確な解答を提出することにはことごとく失敗してきた。

現時点でとりあえず言えることは、サイエンスが生命の複雑さに対峙するときの方法というのは、とてつもないほどの総合性、システム性が必要であるということらしい。

とてつもなくムズカシイネ。わかんないね。でもこのワクワクかんがたまんないね。ヌフフ。

そとはまだアメ。まだまだふりつづくようだ。

さぁておべんきょうだ。よいしょっと。

Img_0723

早稲田大隈講堂。ぼやけてしまった…。なんだか近頃デジカメの調子が悪い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/11/08

完全に寝過ごす

今朝は完全に寝過ごしてしまった。

大学の授業には全く支障がないものの、ぼかぁ毎朝することを決めているのでなんだか調子が悪い。

1、起床とともにまずiPodでなにかしら目覚めの曲を聴く

2、シャワーを浴びながら、ブログに何を書くか考える

3、部屋を少し片付け、コーヒーを入れる

4、ブログをつけつつ、少しネットサーフィン

5、勉強(ビジネス英会話の復習、ジョーンズ有機化学)

6、朝飯

7、勉強続き

朝は最もクリエイティブな時間なので、この時間を有効活用できないのはイタイ。

今日なんて朝飯は食えないし、コーヒーは飲めないしで散々だね。

まずは生活の型をしっかり作っていかなくっちゃね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/11/07

Excellence

今日は久々に朝から晩まで何の予定もなく、ずっと勉強していられそう。実に嬉しい。

忙しい現代人にとって、最も貴重な資源はおそらく「時間」である。芸術作品でも、研究発表でも、多くの人の心にグッと響くものを創ろうと思えば、一瞬のひらめきや直感もさることながら、血と汗のにじむような労力でもって緻密に細部を詰めていかなければならない。

美術館で何の気なしに、ものの数秒で通り過ぎてしまう作品にも、製作者の血と汗のにじむような労力が割かれている。美と呼ばれるものに隠されているのは、「千の細部における緻密さ」と「輝ける一瞬のひらめき」の見事なまでの共存関係である。

Excellence is a thousand details.

(卓越とは千の細部から成り立つ)

卓越を目指す者には、一回性の自分の生を全て引き受けたうえで、卓越を目指す場所に自分の時間と労力の全てを賭けるくらいの覚悟が必要だ。

かつて夏目漱石は、鈴木三重吉宛の書簡の中で、

「死ぬか生きるか、命のやりとりをする様な維新の志士の如き烈しい精神で文學をやって見たい。」

と言ったが、卓越を目指す者は皆、己の最大限のエネルギーでもって自らの生に対峙する情熱と覚悟と潔さが必要であるようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/11/06

品川で死ぬかと…

昨日は品川で死ぬかと思った。危なかった。

新宿にて、高校の友人7人と飲み会。大学入試という魔物と一緒に戦った仲間。みんなそれぞれの道を懸命に歩いていることが分かった。歩調を確認しあった。当時は苦しかったけど、ぼかぁあの魔物に育てられた。人として大きくなった。浪人としての一年は決してムダではなかった。

二次会が終わって新宿で山手線に乗ってからが本当の戦いの始まりだった。

電車の中で吐きそうになるアホ。

駅のホームで線路の方に向かって必死に吐くアホ。

なぜか家とは逆方向の列車に乗ってしまうアホ。

一人終電を逃し、品川で途方に暮れるアホ。

品川のトイレで吐くアホ。

雨の中を品川から徒歩で二時間くらいかけて帰宅するアホ。

寒すぎて本当に死ぬかと思った。自分を鼓舞するために、ミスチルの旅立ちの唄を熱唱しながら帰った。途中で車にひかれそうになるは、変な石にぶつかって思いっきりこけてびしょびしょになるは、生命の危機を感じる果てしない旅だった。家に着いたときにはヘニョヘニョになっていた。

結論。

ぼかぁアホである。

マズイ酒を飲みすぎである。あそこでやめとけばよかったんだ。

でもいつものことだからしゃーないね。死ななくてよかった。受験もお酒も魔物ですな。

さぁて勉強しよっかね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/11/05

秋気いよいよ深くなりにけり。

駒場もだんだんと銀杏並木が黄色を帯びつつある。もうすぐ駒場祭ですな。

村治佳織さんのアルバム『ライア&ソネット』が郷愁を誘うこの頃である。

ライア&ソネット

さてさて、近頃自分マネジメントができていない。勉強時間が確保できていない。

悪しきことである。

こんな時こそ、しっかりとした自分の軸をもう一度見直す必要がある。

どんな分野であれ、自分の軸や価値観をしっかりと持っている人は強い。途中でフラフラと周囲の環境に振り回されたとしても、どんなに多忙で疲弊していても、戻るべき故郷を持っている人は強い。

逆に言えば、芯のない人は大成しない。あっちへ行ったり、こっちへ行ったりしている間に人生が終わってしまう。

「プロフェッショナルとは帰るべき原点を持っている人である」

と言ったのは、確か生物学者の長沼毅さんであったか。すばらしき格言。長沼さんのライフワークは生命の起源の解明である。

そこで、僕の軸はというと、「脳に対する謎」ということになろうか。困ったとき、迷ったときにはここに帰ってもう一度自分を見つめなおせばよい。片足さえこの故郷にしっかりと着地させておけば、もう一方の足はどこにあってもよい。もう一方の足は激しく動き回ればよい。

大切なことは、確固たる自分の軸を構築していくこと、それを見失わないことである。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007/11/04

見透かされている

二日連続の飲み会。

飲むのは楽しいが、そのために大切な早朝の時間が確保できないのはツライ。朝の来ない夜はない、なーんてシャレたコトを言うけれども、ぼかぁホントにこの世に朝という時間があって良かったと思っている。

「朝」という時間はなかなかマーケットを獲得しないけれど、時間論的には朝も夜も等価である。悠久の「とき」を刻む宇宙の原理において、地球の朝や夜という時間に特別な意味はない。

ぼかぁ、したり顔で朝を毛嫌う都会人よりも、超早起き大好きの田舎のジジイでありたいと心から思っている。

この二、三日で飲み会を含めていろいろなコトがあり、考えさせられることが多くあった。改めて他人という鏡によって自分自身を振り返る機会に恵まれた。激しい憤りでもなく、違和感でもなく、なんとも不思議な気分だ。自分という存在が、また大きく変化していくような奇妙な感覚だ。

まだまだ自分の中で思考がまとまっていない。まとめようと思っても、なんだか文章にならない。一番苦しい瞬間であり、また成長する瞬間でもある。とりあえず以下に、思うことを箇条書きにして今日はとりあえず寝る。頭がパンクしてしまいそうな気分だ。自分という存在がムチャクチャになってしまいそうな気分だ。

  • 上っ面でゴチャゴチャとやったところで何も変えられないし、表面だけの取り繕いはいつか見透かされる

  • 自分や他人に対し究極的に素直であることの大切さ

  • 生命のもつ原初的な力、影響力。人を動かすもの。

                   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京 オペラの森 小澤征爾

昨日より、「東京のオペラの森」のチケットが一般発売されている。

なんとなんと、幸運なことに、公演初日の一階A席のチケットを公式HPでゲット!!!

チケットの価格は貧乏人には眼が飛び出んばかりの高さ。そして、さらに驚くべきことは、そんな恐ろしく高価なチケットが発売後数日とかで完売してしまうという事実。

少々値は張ったが仕方がない。

ぼかぁつねづね思ってることだけど、芸術に関しても、音楽に関しても、本に関しても、今だから感動できるもの、今しか見えない光景ってのが絶対にあると思っている。

今、僕の中で芸術を求める欲求が凄まじい勢いで大きくなりつつあることは間違いない。この欲求に従って、凛とした姿勢で芸術に対峙していこうではないか。

来春には世界のOzawaが指揮するオペラを目の前で観ることができる。こんな贅沢はない。

十二分に堪能してこようではないか。

Img_top02

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/11/01

心脳問題 今月の読書予定 

さぁさぁ今日から霜月。

実りの秋にするために、もう一度気を引き締めなおしていこう。

本業である大学の講義と伴わせて、自らも「脳」についての勉強を進めていこう。

心脳問題というものに、始めて衝撃的なまでの興味を抱いたのは、茂木健一郎さんの『脳と仮想』(新潮文庫)という本を読んだときであった。物質としの脳から、いかにして人の意識や心とかといったものが生まれてくるのか。大いなる謎であり、デカルト以来のサイエンスはそもそもこの謎には立ち入らないという立場を採ってきた。

しかし、まさに今、伊藤正男さんも「脳科学ひろば」での講演で仰っていたように、脳科学の急速な発展とともに、サイエンスが心脳問題という哲学的にも最も難解な問題に足を踏み入れつつある。

僕も心脳問題というものを自分のライフワークにしたいし、もっと勉強を進めていきたい。

今月、読もうと思っている本が次の三冊。

『ニューロサイエンス入門』(サイエンス社 松村道一著)

『量子進化』(共立出版 Johnjoe McFadden著)

『物質と記憶』(ちくま学芸文庫 アンリ・ベルクソン著)

とりあえず一番上の『ニューロサイエンス入門』が終われば、本格的なニューロサイエンスのテキストを読もうと思っている。

知の世界は青天井である。僕の前には、果てしない知の世界が広がっているようである。

時間をムダにはできない。

脳と仮想 (新潮文庫 も 31-2)

量子進化―脳と進化の謎を量子力学が解く!

物質と記憶 (ちくま学芸文庫 ヘ 5-2)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »